オンラインゲーム「Civilization Online」を開発するXLGAMESのパク・ワンサンプロデューサーは、invenのインタビューの中で、スカイリムのような壮大のオープンワールドゲームにあるようなゲームプレイや世界がオンラインRPGで実現されない理由を説明した
Q. セッション制MMOという新しい試みをされているということで、折り入ってお聞きしたいことがあります。
もしかしたら若干厳しい質問かもしれませんが。コンソールやパッケージゲームの中で大作に数えられるものを見ると、膨大なオープンワールドを備えている場合が多いです。これをオンラインで実現することはできるのかお聞きしたいと思います。個人的にはとても惜しく思っている部分ですよ。
A. PC/コンソールプラットフォームで「オープンワールド」といえば、最も代表的に挙げられる作品が「The Elder Scrolls V: Skyrim」ですが。それをMMOに移動することは技術的に不可能なことではありません。しかし、他の問題があります。
そのようにすることで、何か意味のある結果を得られるのでしょうか?私はないと思います。 マルチプレイ方式で誰かと一緒にプレイすることになると、破綻してしまうものも多いです。
スカイリムを例にしてみましょう。 このゲームを実際の構成内容で分けてみると、数々のイベントトリガーで構成されています。
同じゲームをプレイしていても、プレイヤーAとプレイヤーBは各自が進行したプレイ内容に応じて異なるイベントを経験します。
AIがプレイヤーごとに異なる作用をするので、繰り返しプレイしても毎回少しずつ異なる経験を得ることが可能です。
別の観点から説明してみましょう。
AIがプレイヤーと一緒に「成長」していったと言うことができますよ。これをオンラインに移植したら面白いでしょうか?私はすごくイライラすると思います。
MMOのレイド戦闘を続けて「挑戦」するのは、ボスのパターンを把握し、それに基づいて攻略に成功する可能性が見えてくるからです。より良い装備を備えてくると、もっと簡単に倒せるという計算が可能なのです。
しかし、レイドをする度にボスが一緒に成長してしまったらどうでしょうか?レイドに成功しても失敗しても、モンスターがプレイヤーのような行動を実現し、賢くなったり、強くなったりするとしたら?あるいはパターンを任意に変えられるようになったら?楽しさよりストレスが大きくなると思います。
他の例として「ダークソウル」を見てみましょう。ダークソウルは確かに偉大なタイトルですが、個人的には「一般的な」楽しさだとは思っていません。極限のプレイを好む一部の人たちでなければ楽しさではなく、惨めさと絶望のような否定感を得てしまいやすいです。
つまり、多くの人々が共有する、一緒にプレイする世界をデザインするときは、かなりの部分に「選択と集中」が必要になります。オンラインゲームに「決まったパターン」が生じるのはこのような理由が大きいですね。
Q. 「自由度の高いMMORPG」を作ることが技術的には不可能ではないということですね?
A. MMOをそのように制作することは十分に可能です。ただし、フェージング(phasing)の問題が発生するのは仕方ないですね。
フェージングの問題とは何かというと、「World of Warcraft」のインスタンス方式のフィールドを考えれば良いです。特定のイベントを進行した人と進行していない人が、同じ場所でも異なる光景を見るという経験があるでしょう。それがフェーズ差のために発生する現象です。
私はこの方法がプレイヤーを分散化させるのに一役買ったと思います。しかし、多くの人々が一堂に会することに意味があるMMOジャンルで、プレイヤー間の境界線を作成することが望ましいとは考えていない立場です。
だから、「シヴィライゼーションオンライン」で選択したのは、セッション中に固定された開始と終了を作成し、すべてのプレイヤーに同じように適用されるタイムラインを作成し、一定の速度で流れるようにする方法でした。セッション制MMOを選択したのは技術的な限界のためというよりは、コンテンツや企画の問題だと考えるのが正しいです。
ソース:inven 一部抜粋
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